どうも kakisanです。
日テレ1で放送される「衝撃のアノ人に会ってみた!」に出演が予想される高橋素晴さんをご存じでしょうか?
高橋さんは21年前に若干14歳で太平洋横断に成功して話題となりました。
高橋さんが太平洋横断に挑戦するきっかけとは何だったのか?
そして現在は何をしているのか?
詳しく紹介していきます。
やっぱり高橋素晴は素晴らしかった?
目次
【プロフィールは?太平洋横断のきっかけは?】
高橋 素晴(たかはし すばる)
1982年生まれ、新潟県出身。
小学6年生の時に自転車で新潟県一周の旅に出て親御さんを心配させたそうです。
とにかく小さい頃から自然に触れたり冒険するのが好きだったようですね。
世界一周のヨットマン白石康次郎氏の講演を聞き、自分も太平洋を横断したいと決心したそうです。
白石康次郎さんとは1967年生まれ、神奈川県出身の海洋冒険家でヨットで1994年に単独世界1周を成功、通算で3度の世界一周を経験しています。
そして1996年に14歳でヨットで太平洋横断に単独挑戦します。
ヨットの名前は「アドバンテージ号」でエンジンを積んでいない帆船だったそうです。
嵐が続く中で己の肉体の限界を知り、大型船にぶつからないように不眠不休で神経を集中させ、無線が故障した時には宇宙や海と交信し悟りの境地に達したそうです。
そんな中ついに55日で太平洋を横断しました。
太平洋横断は無事成功したのですが、「危険すぎる」「記録狙い」「親のエゴだ」などいろんな批判があったそうです。
しかしお母さまは前述の小学6年での自転車新潟県一周の時の方がよっぽど心配だったと語っているそうです。
1997年には太平洋横断について綴った「それから―14歳太平洋単独横断」が出版されているので興味のある方は読んでみてはいかがでしょう。
【高橋素晴の現在は?】
太平洋横断に成功した後の高橋さんは中学を卒業後に通信制の高校に通いながら大検を取得しました。
その後地元の新潟県で自動車整備工場の経営を始めたのちに福岡工業大学短期大学部に進学しました。
卒業後20歳から環境問題を中心にした社会問題への取り組みを始めます。
25歳の時に日本縦断環境教育プロジェクト「アースキャラバン2008」のローカルリーダーを務めます。
アースキャラバン2008とは日本全国をバイオディーゼル燃料で走るエコカー・BDFカーで巡りながら、各地で小中学生を対象とした体験型環境スクールを開催して行くプロジェクトです。
そして26歳に天然塩窯元・黒潮農場』を起業し現在のメインのお仕事の一つでもある「塩づくり」を始めました。
農場の当主として「人は自然の摂理からかけ離れては生きていけない、海と山と里と生きていきたい、その想いから塩をつくっています。」と語っています。
27歳でNPO法人アースハーバーを設立し代表理事を務めます。
アースハーバーは地域と社会の課題に対して、自然との関わりから、特に遊びや暮らしを通して取り組んでいきたいと食育、自然体験を中心に、人材育成、特産品開発など、幅広い取り組みをしてきました。
一時期活動を休止していたとの事ですが現在また活動を再開しているとの事です。
休止期間にも無人島キャンプのワークショップを子ども向け、大人向けに開催してきました。
今後は、自然の恵みと人々の暮らしを繋ぐワークショップや、地域と社会の課題に対して、自然を遊び・暮らすという切り口で愉快に解決するような活動をしていきたいとの事です。
「自然の恵み」×「文化力」=「豊かな暮らし」。
自然の恵みと人の暮らしを学びと生産でつないでいきます、と語っています。
30歳で量販肉を断ち、野生肉を食べるようになります。
自分で野生の鳥などを採って調理して食べているようです。
31歳で自宅・工房・店舗をセルフビルドすべく、技術と道具の獲得を兼ねて大工を始めました。
33歳できれいな海を求めて鹿児島県大隅半島に移住しました。
現在はご結婚されて、お子さんが2人いるようです。
本業は塩作りを核とする何でも屋さんですが、説明しやすいとの理由で最近は「手づくりの暮らし研究家」と名乗っているそうです。
【最後に】
いかがでしたか?
高橋さんはやはり今もワイルドな暮らしをしているんですね。
14歳といえば最近は将棋の藤井壮太4段が話題になっていましたが21年前にもすごい14歳がいたんですね。
番組でも太平洋横断時のエピソードや現在のワイルドな暮らしや活動が紹介されると思いますが、高橋さんのツイッターやNPO法人アースハーバーのFacebookなどでもチェックすることができるのでぜひご覧になってみてください。
では、またお会いしましょう!