どうも kakisanです。
テレビやCMを観ていると
まだまだ自分の知らない世界や
自分の知らない仕事があることに
気づかされます。
CMでは様々な仕事をして働く人たちや
色々なスポーツに取り組んでいる人たちが
起用されていることも多いですね。
仕事をする人、スポーツに取り組む人、
その人たちに共通することは
真剣でとてもかっこいいということです。
CMではその一部しか観ることができず、
実際はとても過酷で大変なことなど、
全てを知ることはできません。
それでも、その一部を知ることで
とても感動したりします。
XperiaのCMでは、
様々な分野で活躍する人たちが
起用されています。
皆さんとってもかっこいいです!
働く姿、頑張っている姿に惚れ惚れします^^
今回は2017年11月25日から
オンエアされているXperia XZ1「防水」篇の
トレイルランナー上田瑠偉さんについて
まとめてみました^^
目次
プロフィールは?
Xperia XZ1 TV CM
今日からオンエアしているようです!
・SOMC TOP https://t.co/aSrSE7LyeQ
・ADギャラリー https://t.co/dxCMM06Vyd
・Xperia FILE https://t.co/DP1ytuesJQ pic.twitter.com/wBKlhkxig4— Ruy Ueda (@trairuy) 2017年11月25日
名 前:上田 瑠偉(うえだ るい)
生年月日:1993年10月3日
出身地 :長野県大町市
所 属:コロンビアスポーツウェアジャパン
上田さんは今年24歳になられました!
とてもお若い方ですね^^
経歴は?高校大学はどこ?
上田さんはサッカーと陸上をされていました。
2つのスポーツをしている中で、
上田さんがサッカーを辞めて
陸上1本に絞ることになった
転機が訪れたのは中学3年の秋でした。
中学3年の秋といえば、
高校進学を考える時期ですね。
上田さんも高校進学を考え始めていたときに、
毎年県大会ベスト8に残る県立高校で
サッカーを続けたいと考えていましたが、
11月頃に当時の佐久長聖高校監督であった両角監督、
コーチの高見澤コーチにスカウトされたそうです。
もともとサッカーを続けたいと思っていた上田さんは
サッカーを続けるか、
陸上に専念するかと悩んでいました。
そんな上田さんの背中を押してくれたのは、
上田さんの父親の「陸上とサッカー、
選ぶなら日本一を目指せるところに行ってこい。」
というひと言でした。
お父様とてもかっこいいですね!!
男らしいひと言に上田さんも心を決めました。
上田さんは駅伝の名門校である、
佐久長聖高校に進学しました。
そして3年生のときに
駅伝部の主将を務めています。
しかし、上田さんは度重なる怪我によって
3年間満足に走ることができず
中学時代の自身の記録を
更新することすらできませんでした。
上田さんは、
「都道府県対抗駅伝であれだけ走れたのだから自分に走る力があることは間違いない。貧血や故障さえ克服すれば走れるはずと信じてできることをしました。また、学年責任者に立候補して選んでもらったのだから途中で投げ出すなんて絶対にできませんでした」
と語っています。
最終学年の都大路は陸上部に
とってとても大事なレースでしたが、
結果は、過去ワーストタイムとワースト順位でした。
上田さん自身は怪我で、
補欠にも入れず悔しい思いをしました。
しかしそれよりも、
キャプテンとしてチームを作れなかったこと、
入学時の『日本一』の目標が達成できずに
終わってしまったことが、
非常に悔しかったのです。
キャプテンとして、
他の部員を注意したり
怒ったりすることもあったけれど、
故障して走れない自分が
何を言っても説得力がないと感じて、
どう伝えれば良いのかと悩み、
葛藤することもありました。
上田さん自身は、
高校時代のように故障することなく
休むことなく継続して
しっかりと練習ができれば
結果は出せると思っていたため、
高校を卒業したら
箱根駅伝を目指すのはということは
当たり前のことだと思っていたそうです。
上田さんご自身の考えだけでなく、
上田さんの父親も
箱根駅伝を目指せとアドバイスしていて、
担任の先生は大学で
箱根駅伝を目指して頑張れば、
仮に走れなかったとしても
就職に有利になるからと頑張るべきだと
万が一走れなくなった場合のことも
考えてくれた上で奨めてくれました。
しかし、上田さんは高校時代に
故障でほとんど走ることができなかったことから、
大学では故障せずに走ることを
純粋に楽しみたいという気持ちが
次第に強くなっていきます。
当たり前のように
箱根駅伝を目標としていた上田さんが
純粋に走ることを楽しみたいと思ったのには、
上田さんは人生で
一番いつが辛かったかと問われれば
間違いなく高校時代と答えるというほど
高校時代に怪我をしたことで
満足に走れなかったということが
辛い経験だったからです。
その中では何度陸上を辞めようと考えたか
分からないというほどでした。
一緒に入った同級生、
後から入ってきた下級生が
順調にタイムを伸ばす中で
自分は満足に練習できない日々が
辛かったそうです。
スポーツをしていると
怪我はつきものですよね。
しかしキャプテンという
とても大事な役割を任され
責任感も感じた中で
思い通りにならない走りと、
チームのメンバーとの関係、
チームの結果に
高校時代はとても苦しい思いを
たくさんされていますね。
怪我に苦しみ、
満足に練習ができない中で周りはどんどんと
タイムを伸ばしていくという状況は
とても悔しかったと思います。
しかし、このときの経験は
決してムダにはなりませんよね。
今後の人生でしっかりと
このときの経験が生かされると思います。
上田さんは高校卒業後、
早稲田大学に進学しました。
お父様や担任の先生の意見も
参考にされたのですね。
早稲田大学に進学した上田さんですが
箱根駅伝は目指さず、
走ることを楽しみたいという想いから
陸上競技同好会に所属しました。
怪我に苦しんだ高校時代は
本当に辛かったと思います。
怪我に苦しむことはなく、
楽しんで走ることを選んだのですね^^
そして「10代最後の思い出づくり」にと出場した、
東京・柴又100Kで5位入賞を果たし、
現在のスポンサーである
コロンビアスポーツウェアにスカウトされます。
思い出づくりにと出場したレースで
スカウトとはすごいですね!
やはり上田さんには
「走り」の才能があったのですね^^
スカウトされた上田さんは
そこからトレイルランニングを始めます。
トレイルランニングとは?
トレイルランニングとは
なかなか聞き覚えのない名前でした。
調べてみると、トレイルランニングとは
陸上競技の中長距離走の一種で、
舗装路以外の山野を走るもので
トレランやトレイルランと略され、
山岳レースとも呼ばれるということでした。
山岳レースと言われればピンときました!
駅伝とは全くコースの違う
トレイルランニングは
山野を走るため、
今までとは違う走法を取り入れたりする必要が
あったのではないかと思います。
スカウトした
コロンビアスポーツウェアジャパンの方々は
上田さんをトレイルランニングの原石だと
見つけだした事はとてもすごいことですね^^
上田瑠偉さんの戦績は?
上田さんの戦績がものすごいです!!
上田さんはトレイルランニングの
デビュー戦となったレースで
いきなり大会新記録で優勝を果たしています。
2戦目は国内で最も権威ある大会
「日本山岳耐久レース」で6位入賞を果たしました。
その後も数々の大会で優勝し、
記録を更新しています。
そして上田さんが
トレイルランニング界で有名になったレースが、
2014年の日本山岳耐久レースです。
大会記録を18分も更新し、
夢の7時間切り目前まで迫る走りで
最年少優勝を果たしました。
これは本当にすごい記録ですね!!
2016年にはアメリカで開催された
100㎞レースを大会新記録で優勝しています。
上田さんは「スカイランニング」
と言われるより競技性が高く、
標高の高い山で行われるジャンルの
U-23世界選手権で優勝を果たすなど、
海外でも結果を残しています。
現在はトレイルランニングと
スカイランニングの両方で
世界一を狙っています!
すごい戦績ですね!
大会記録をいくつも更新し、
2014年の日本山岳耐久レースではなんと18分も
タイムを更新するなど
驚きの結果を残していますよね。
上田さんの活躍の場はここだったのですね^^
故障を乗り越え、
違う舞台でこんなにも輝いている上田さんは
とてもかっこいいです!!
上田瑠偉さんは彼女がいる?
とっても素敵な男性ですが、
彼女がいるのか気になりますよね。
調べてみたところ、
SNS上にも彼女がいるといった様子がなく
分かりませんでした。
現在はトレイルランニングの練習や大会で忙しく
彼女はいないのかもしれません。
しかし女性からモテること間違いなしですね^^
今後サポートしてくれる
素敵な女性が現れることと思います!
まとめ
上田さんの「走る」ことは
ずっと繋がっていたのですね。
高校時代陸上に専念しようとしたけれど怪我に苦しみ、
大学では走ることを楽しもうと同好会に所属し、
最後の思い出作りのレースでスカウトされ、
現在こうして「トレイルランニング」
「スカイランニング」という世界で
大活躍されています。
苦しいこともたくさんあったと思いますが、
ムダなことなど何一つないということを
教えてもらった気がします。
これからも日本で、
世界で活躍して行ってほしいですね!
では、またお会いしましょう!